私が伝えていきたいこと 妊活・不妊分野の事業をはじめたきっかけ①

2010年の秋、第1子を流産して半年後…
後輩のおめでたを聞き、はじめて車の中で一人で泣きました。

resize

私がこの仕事をはじめたきっかけや、妊活・不妊について考える時に必ず浮かんでくる回想シーンです。

流産した時ですら、お風呂で泣いた後は一切涙を見せる事はありませんでした。
翌日から普通に出社もしていましたし…
もちろん、休んでいる暇もなかったのですが…
仕事をしている方が気分もまぎれる。
そんな状態でした。

社内で心無い言葉を言われても…
周りからあれこれ言われても…
ただ、ただ、自分の感情を押し殺して…
仕事に生きていました。

仕事さえ完璧にこなしていれば、
子どもがいてもいなくても関係ないし、
周りに言われる筋合いはない
そんな風に感じていました。

もちろん、ただただ話を聞いてくれる人がそばにいてくれたらどれだけ楽だったかと
思ってはいましたが、産業カウンセラーが在中している企業ではなく、
ネットでカウンセラーや心療内科を探してはみるものの、
そんな大げさにすることではないと
日々の業務を淡々とこなしていました。

当時の私は、仕事の忙しさもあり生理の状態も体調ももうめちゃくちゃでした。
・鎮痛剤は1ヶ月でひと箱消費
・生理周期は21日から23日ぐらいと妊娠を考えるなら受診するべき状態
・出血量がはんぱなく、生理中は朝が起きれないぐらいの状態
(確認してないけど…多分極度の低血圧 通常でも50/80ぐらいだから。。
無理していくと帰れと怒られる状態)
・何時に帰宅して、何を食べて、休みは何をしていたのか?思い出そうしてもまったく思い出せないぐらい…この当時の仕事以外の記憶がない。
・ほとんど外食かコンビニ食というひどい食生活

397d3d0318b872b79740a62e2d4bb5c8_s

ただ、ただ忙しさに身を任せ、身体の声も無視をし、自分の身体を労わる事も放置し
自分の本当の感情を押し殺して日々を送っていました。
本来不妊治療中であれば一番に見直さなきゃいけないことばかり。
でもそこに気づくことなく日々を過ごしてました。
もしかしたら気づいていたのかもしれませんが。
働いている以上は仕方ないと諦めていたのかもしれません。

だからこそ、後輩のおめでたの報告を聞いた時は…
おめでとうの気持ちより、
押さえつけていた感情の方が先にあふれてしまい車の中で泣き崩れてしまったのです。

その時に…
「一人で頑張っている女性が気持ちを吐き出せる場所があったらいいのに」
そんな事を泣きながら考えていました。

その当時社内では新規事業案の募集がされていました。
会社の理念に合致していればなんでもOK
商品の企画から、社会貢献・新規事業の立ち上げ、
様々な提案を社内情報で目にしていました。

そんな時にふと思ったのが
妊活・不妊治療中の女性をサポートする事業があればいいのに・・・

今思えば、私の事業のスタートはこの時から始まっていたんだろうなと思います。
その当時は考えもしませんでしたが。

当時あれこれ、頭の中で事業のイメージはしましたが…
結局事業提案には応募することなく終わってしまいました。

忙しさもあったけど、
仮にこの提案が通れば、私は子どもを持つという選択はいったん延期だなと
そんな思いもよぎり、結局は提案しないまま。
それ以上に私の覚悟がなかったのかも知れません。
夢物語…
そんな感じでした

その後いろんな事が重なり、2011年の7月 32歳の誕生日を目前に前職を退職することになったのです。
退職時は事業への思いもすっかり忘れてしまっていました。

573bc1ebe35f8bda4e31fd857ca290ce_s

半年ほどタイミング治療をした後、春には体外受精へのステップアップを視野に入れていました。
そしてやることをやって納得したら、35歳までには再就職をしよう。
そんな風に考えていました。

そんな私でしたが、忙しい生活からの解放と自分なりのゴールを設定したおかげか…
半年後に我が子を妊娠したのです。

IMG_3300

そして息子が1歳を迎えたあたりから、社会に戻りたいという思いと同時に
何か自分でやりたいなと漠然と思いだしたのです。
そして、その頃から前職に対する未練も同時に浮上してきました。

ただ、なぜか他社へ再就職するという気持ちにはなれないまま過ごしていました。

不妊という分野に関わりたいのであれば…
不妊クリニックへ臨床検査技師として再就職するという選択肢もある。
しかし、なぜかその部分にも心が動かず…
悶々とした日々を過ごしていました。

しかし、息子と2人の生活に完全に息詰まっていた私。
「仕事を辞めてまで授かった子どもなんだから、仕事なんてしなくていいでしょう」
周りからのこのフレーズが私を苦しめ続けていました。
なぜあの時にもう少し辞めずに頑張れなかったのか?と
本当に退職してまで子どもを授かる必要があったのか?

その思いが、
不妊治療をしながら仕事を続けられる環境をつくりたい。
社内で一人で悩み、誰にも相談出来ず退職を選ぶ女性を減らし、
不妊治療について相談できる環境を社内に整えたい。
社内での不妊治療に対するうわべだけの理解や制度ではなく、
活用できる、生きた制度をつくるお手伝いをしたいという思いの原動力になっています。

そして最終的にはそんな制度が不要になるぐらいに、
不妊で悩むカップルが減って欲しいそんな風に思っています。

私が不妊治療をしていた頃から、仕事と治療の両立に関しては当事者にとっては大きな悩みであり、
不妊治療雑誌等では度々話題として取り上げられていました。
また、実際に社会調査の一環でアンケートを取られている団体さんもありました。

また、不妊治療って授かったら、出産したら終わりではありません。
治療をきっかけに、授かって終わるのではなく、
その後の生活の見直しのスタートにしてほしい。

そんな風に言及されている方はたくさんいますが、
不妊治療で授かった女性のその後のケアまでに
言及している方は残念ながらほとんどいません。

当事者の私ですら、周りの発言や態度に関しても仕方ないものとして受け止めていました。
自分本来の気持ちを押し込めて、
一般的にはそう思うよねと。
仕事を辞めてまで授かった子どもを預けて仕事をしたいと思う自分がおかしいんだと。

実は先日、とある女性と「今、社会で行われている女性支援」についてお話しすることがありました。
それまでは、実は不妊治療で授かった女性のその後のケアの必要性なんて考えた事がなかったというのが正直な感想です。

でも、実際は…
普通に妊娠・出産を経験した女性より
様々な面において不安を抱えていたり、一人で悩んでいる女性が多いのに
当事者の女性たちが気づいていなかったり、
仕方ないと諦めているのが現状だったりしているんだなと、
自分を振り返りながら改めて感じます。

少し話が逸れましたが、
息子が1歳半になった4月
息子と離れる時間が欲しかったこと、
社会に居場所が欲しくて
健診派遣技師として仕事復帰をしたのです。

なぜあの時に正社員としての転職活動をしなかったのか?
今となっては不思議ですが…
その時には既に起業を視野に入れていました。

その後既に起業されている方と共に、
自主上映会やセミナー主催をしながら…
私自身も妊活について、身体や健康について伝えたいと勉強をスタートさせました。

それと同時に、何か施術技術を身に着けたいと
様々なセラピストの養成講座を検討するも、1歩踏み出せない自分がいました。
実はその思いは2016年の8月まで続きます。

そして2015年より個人事業主として開業しました。

開業した当時は、不妊治療に頼ることなく身体を整えて妊娠に近づくことを伝えられたら
そんな思いで活動していました。
しかし、そんな思いもすぐに壁にぶつかることになります。

長くなりそうなので②に続く…

LINE@しています。
講座先行案内やちょっとした気づき、つぶやきを配信しています。
検索アドレス

https://line.me/R/ti/p/%40jtq9296d

友だち追加

4月19日南草津開催  暴飲暴食をなかったことにする?食べる断食デトックスベジ講座 残1

募集中の講座
広告