不妊治療退職① 張りつめていたものが切れた瞬間

厚生労働省から『不妊治療連絡カード』というものが発行され、不妊治療と仕事の両立の調査結果が報告され、ようやく世間が『不妊治療退職』に少しだけ目を向け始め、テレビなどでもようやく話題としてあがるようになってきた『不妊治療退職』

そうまさに7年前私も不妊治療退職を選択した一人だったのです。

私は不妊治療退職の半年後に我が子を授かることが出来ました。
周りからは退職して良かったねと言われる事も多々…
しかし、自分の中では『不妊治療退職をした』というモヤモヤを抱えたまま過ごす事になります。

やめたくてやめたわけではなかった

なぜ?私は両立を目指さなかったのだろうか?
もっと出来る事、頑張れることがあったのではないんだろうか?
私は周りに理解してもらう努力を本当にしたんだろうか?

正直、今でもそんな思いに悩まされる事があります。

そうだって…
『やめたくてやめたわけではないから…』

これが答えであり、心の叫びなのです。

今の私の原動力はこの思いがベースになっています。
私と同じ思いをする女性を一人でも減らしたい。

そんな思いがあるから今、このお仕事を続けることが出来ていると思っています。

突然の退職

今まで幾度となく『2011年7月に不妊治療に専念する為に前職を退職しました』という事は様々な場所でお話ししてきました。

でも実は、なぜ?不妊治療退職に至ったのか?
そんなお話はほとんどしたことがなかったと思います。

私は退職時、ある化粧品メーカーの工場で生産技術という新製品の立ち上げに関わる仕事をメインにしていました。
(それ以外にも諸々してましたが)

仕事自体にもやりがいを感じ、ゴールは決められているものの、1日の仕事量はある程度自分でコントロールも可能だったため、通院日は定時であがり、それ以外の日に残業で補う。
そんな働き方をしていました。

定時で帰宅とすると『さぼっている』と他部署からは言われることもありましたが…
それでもなんとか治療と通院の両立をはかっていました。
(注射による排卵誘発を行っていたためタイミング法の頃から通院回数が多い方でした)

前職の業務上の事も出てくるため、細かな事はあまり書けませんが…
3.11で資材や原料調達に大幅は変更が起こり、社内は常にドタバタして誰もが余裕のない中で仕事をしていました。
また、ちょうど出産ラッシュということもあり、どの部署も人員不足でイライラした状態で仕事を回していた時期でもありました。

そんな時にあるトラブルに見舞われ、工場内は常にピリピリとした空気が張りつめている状態でした。
日々の業務に加えて、それらの異常対応に追われる日々でした。

お互い言わなくても良い不要な発言も飛び出します。
指示系統を無視した他部署からの電話が休日でもかかってき呼び出される事もしばしば…

そんなことが続く中、県外のクリニックでの体外受精も視野に入れていたため、
今後ステップアップしていけば益々仕事と治療の両立は難しくなる…
そんな風に悩み始めたのもちょうどこの頃でした。

そんな中でなんとかバランスを保ちながら通院と仕事の両立を続けていましたが
ある人の一言で『張りつめていたものがプチっと切れてしまった』のです。

人間と言うものは不思議なもので、この張りつめていた細い糸がぷちっと切れた瞬間
涙があふれて止まらなくなったのです。

それが私の仕事と治療の両立の限界に達した時でした。

『あ~もう駄目だ もうやめよ』そう思ったのです。

その後の行動は非常に早く、電話で管理Gの上司に退職届をデスクに置いておいてもらうように連絡し、翌日にはその退職を届を自分の上司に提出にします。

相談する人が誰もいないという辛さ

仕事に不満があったわけでもない
どちらかというと仕事にはやりがいを感じていた。
長時間勤務もさほど苦ではなかった
不妊治療に通い始めるまでは…

でも不妊治療に通い始めてから…
治療も仕事も中途半端な自分が嫌で仕方なかった
結果が出ない自分にイライラして仕方なかった

早く帰宅する分、それ以上に仕事を完璧にしなければ…
きちんと成果を出さなければ

常にそんな思いの中で仕事をしていた。

ミスが大きな損失につながる部署
気を抜く暇などほとんどなかった

と同時に不妊治療の事を本音で相談する人はどこにもいなかった。

自分のことは自分で決めて当たり前

そんな風に思っていたのも事実

とはいえ…実はそれなりに相談できる場所を探した事もあった

もちろん社内に治療と仕事の両立について相談を受け付けてくれる場所はなかった。
通院していたクリニックで気軽に相談できる雰囲気はなかった
市や県のHPを調べるもののそのような相談を行っているところはみあたらなかった。

あの時そのような場所に出会えていたら…
もしかしたら私は今も仕事を続けていたのか?

息子を出産してもうすぐ6年になろうとするが…
未だにそのように思う時がある。

こちらシリーズで④まで発信しています。
不妊治療退職① 張りつめていたものが切れた瞬間
不妊治療退職②あのころの私に今伝えたい事
不妊治療退職③ 社会が出来る事
不妊治療退職④ 退職を防ぐ為に「不妊治療と仕事の両立」を考える

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≪プロフィール≫

笛吹 和代

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関西を中心に活動し、臨床検査技師の国家資格を保有する、日本不妊カウンセリング学会認定不妊カウンセラー

自身の不妊治療退職をきっかけに「働く女性の不妊治療退職ゼロ」を目指して、妊活や不妊の悩む女性の個別相談を行ったり、セミナー講師として活動したり、妊活や不妊をサービスとする専門家向けの講座も行っている。

また、働く女性向けサイトで妊活コラムも担当

2017年5月 医療職とファイナンシャルプランナーによる妊活や不妊で悩む女性を支援するプロジェクトチームを立ち上げる。2018年9月には第1回目の妊活イベント「ワタコレ」を関西で開催し100名を超える方で当日はにぎわった

≪経歴≫
1979年滋賀に産まれる
不妊治療の末2012年に男児を出産

子どもの頃から身体の仕組みに興味があり、医療系の学部に進学する。
卒業後は検査センターで様々な検査や健診に携わったのち、製薬メーカ・化粧品メーカで専門職として勤務する。28歳で結婚、29歳から妊活をスタートするものの妊娠にたどり着かず、32歳で前職を退職し、33歳で第1子を出産

その後健診現場に復帰するが、自身の経験から不妊で悩む女性の支援をしたいと事業をスタートさせる。現在は当事者支援と不妊予防を伝える事に力を入れている。

≪講座開催実績≫
2015年より自身で講座主催をする傍ら
大津市男女共同参画センター様、漢方薬局様、鍼灸師団体様 カルチャーセンター等で妊活や不妊、女性の身体に関する講座を開催

≪コラム掲載≫
奈良の子育て応援アプリ「ぱーぷるmama」にてコラム掲載
専門家によるパパママ応援サイトIKU♡LOVEにてコラム掲載
NAILIST JOBで女性向け コラム掲載
働く堅実女子のお悩みサイトsuits-womanで妊活コラムを担当

≪取材実績≫
日本成人病予防協会 妊活ページ取材

≪ラジオ出演≫
インターネットラジオ fmGIG 「マゴちゃんのツナガリっちょラジオ」出演
インターネットラジオ fmGIG 「コトリカの輝くママきっぷ 」出演

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